どのような仕事をしていますか。
担当の地区に住み,地元の方と一緒に自然との付き合い方を考えていく仕事です。
私は,担当である尾瀬国立公園の自然を保護しながら,訪れた人が楽しめるようにさまざまな活動をしています。
多くの人の意見を調整しながら,国立公園をどのようにしていくとよいかを考えています。
尾瀬は4県にまたがる大きな国立公園ですが,庄司さんが全体を管理しているのですか。
たとえばアメリカでは,国立公園の土地をすべて国が管理しています。
しかし,日本の国立公園の場合は,民間企業が土地を持っていたり,昔からそこに住んでいる人がいたりと,土地を所有している人がさまざまです。
そのため,尾瀬に関わるたくさんの人と一緒に,協同で管理をしています。
どうしてこの仕事についたのですか。
子どものころから動物が好きで,大学では獣医師免許を取得しました。
獣医師の免許をとったあとの進路は,動物のお医者さんになったり製薬会社に勤めたり,人によってさまざまです。
野生動物に興味があった私は,いろいろな実習に参加するなかで,「野生動物を過保護に守るだけではなく,野生動物とそこに住んでいる人たちの生活のバランスをとりたい」と考えるようになり,この仕事につきました。
仕事のやりがいはどんなところですか。
地元の一員として,国立公園の未来を一緒に考えていけるのが魅力です。
尾瀬のミズバショウの再生プロジェクトに参加したり,高校生に尾瀬についての話をしたりすることもあります。
さまざまな角度から尾瀬に関わっていけることにやりがいを感じます。
では,大変なことはありますか。
自然保護官は,2年から3年で,担当の地区からほかの地区に転勤になることが多いです。
他の地区に転勤するときは,次に担当する方に引き継ぎの書類を残しますが,長い時間をかけて現地の人たちとやってきた取り組みなどを,書類だけですべて伝えるのはとても難しいです。
短い期間で新しい場所に転勤しなければならないので,とても大変そうですね。
ほかにはありますか。
私たち,自然保護官は「保護」と「利用」のバランスをとる中立の立場です。
しかし,関わっている人たちのなかには,どちらかの立場を強く主張している人もいます。
そのため,いろいろな立場の人たちの話を聞くコミュニケーション能力が求められます。
こうした調整も大変なことのひとつです。
仕事のなかで数学はどのように役立っていますか。
尾瀬では,シカが貴重な植物であるニッコウキスゲを食べてしまうことが問題になっています。
そのため,シカの数や食べられてしまったニッコウキスゲの数の調査を行っています。
調査は,ニッコウキスゲがたくさん咲く群生地で行います。
それぞれの群生地は広いので,そこで食べられた数をすべて調べることは難しいです。
そこで,それぞれの群生地で,1m×4mまたは1m×8mのエリアを標本としていくつか抽出し,その中で食べられた数を数えています。
こうして得られたエリアごとの調査結果をもとに,シカが近づけないような柵を設置するなどの対策を考えています。
ニッコウキスゲ
ニッコウキスゲの群生地番号がある地点を調査する。
シカによるニッコウキスゲの被害が問題になっているとのことですが,尾瀬にはどのくらいシカがいるのですか。
尾瀬にいるシカは,日光(栃木県)と尾瀬を行き来していることが,調査からわかっています。
尾瀬と日光の間の移動経路にセンサーカメラを設置していますが,かなり広い範囲で移動をしているため,カメラに写ったシカの数から尾瀬全体のシカの数を推定することは難しいです。
ただし,最低でもどれだけのシカがいるのかや,シカの数の増減の傾向はとらえることができるので,それをもとにニッコウキスゲの被害を減らすためのさまざまな対策を考えます。
シカの数をくわしく推定する方法は,今も研究が進められているんですよ。
そうなんですね。
ほかにも,仕事のなかで数学を使っている場面はありますか。
この仕事は,自分自身が調査を行うだけではなく,ほかの人が行った調査結果や論文などを読む機会もあります。
調査の結果を表したグラフが,何を意味しているのかをきちんと読み取るためには,数学の知識が必要です。
また,国立公園に建物などを建てるときは,「自然公園法」という法律によって,いろいろな基準が定められています。
図面から,実際の縮尺を考えて,自然公園法に則しているかを確認していますが,そのような場面では,相似の考え方を使っています。
中学生のころ,数学は好きでしたか。
好きでした。
論理的に答えにたどりつくのがいいなと思いましたし,考える過程が好きでした。
数学は過程が大事だと思いますし,仕事でもそれは同じだと思っています。
「できる」「できない」という結論だけでなく,過程をどう示すかが肝だと思います。
全国の中学生にメッセージをお願いします。
なんでもやってみることを大切にしてほしいと思います。
やってみて嫌になることもあるかもしれませんが,それはやってみたからわかったこと。
駄目だった,向いてなかったとわかることは収穫です。
いろいろなことを経験していくなかで,視野を広げ,自分とちがう立場や考え方を受け入れられる人になってほしいと思います。
地元の高校生向けに授業も行っている。
夏は週2~3日ほど,尾瀬の山小屋などに泊まる庄司さん。これは仕事道具の一部。
4県にまたがる国立公園の尾瀬。今回の取材は,その4県のなかでも,群馬県の片品村にある片品自然保護官事務所で行いました。
取材は冬に行ったのですが,尾瀬は雪で封鎖されていたため,実際に国立公園のなかに入ることはできませんでした。
自然保護官は,全国のさまざまな事務所に転勤があるそうで,庄司さんは尾瀬に来る前は,岡山県にある事務所で「瀬戸内海国立公園」を担当していたそうです。
そこにいたときは,地元の方から要望があり,一緒に公園の木に樹名板をつけたお話を聞かせてくださいました。「自然保護官」と一口にいっても,場所によって仕事の内容はさまざまだそうです。
みなさんの住んでいる場所のそばに国立公園があったら,そこで働いている自然保護官の方に話を聞いてみるのもよいかもしれません。
「私,片品村民なんですよ!」とおっしゃっていた庄司さん。取材中も地元の方が事務所に顔を出しにきて,尾瀬に住むみなさんとよい関係を築いてらっしゃるように感じました。