どのような仕事をしていますか。
「物質は原子でできている」と理科で学習しますが,実はこの宇宙には,原子とは別の物質が存在すると考えられています。
その物質は「暗黒物質」とよばれ,現時点ではまだ正体がわかっていません。
私は,暗黒物質の検出器を作ったり,データを解析したりする研究をしています。
巨大な水タンクの中央に,暗黒物質の検出器がある。(神岡宇宙素粒子研究施設・岐阜県飛騨市)
どうしてこの仕事についたのですか。
私は,物事の本質に迫ることができる「物理」という科目が好きで,専門的に学んでいました。
あるとき大学院で,暗黒物質の探査実験をしている研究室のことを知ったんです。
当時は2,3人で実験を行うような細々とした研究室だったのですが,そこでもしかしたら「暗黒物質発見」というノーベル賞に匹敵する大きな研究結果が出せるのではと思い,興味がわいたのがきっかけです。
実際に研究者として仕事を始めてみて,仕事につく前と後で印象の違いはありましたか。
ありましたね。
暗黒物質の検出器を作ることは,実は一般的なモノづくりと同じで,はんだづけや配線整備,ねじ回しなどの身近で小さな作業の積み重ねなのだと思いました。
しかし,日常とかけ離れた暗黒物質を発見できるかもしれないという,とてもやる気を起こしてくれるような大きな目標につながっていると考えると,そのギャップに面白さを感じます。
宇宙の研究をしているのに,ものづくりの過程で身近なはんだづけをしているとは驚きました。
では,仕事のやりがいはどんなところですか。
宇宙物理学で学んださまざまな不思議な現象が,実験を通して実感できることが面白いです。
また,実験装置を自分自身で作成できることも面白いですし,その装置を使ったこの研究が,人類の科学史の中で役立つかもしれないと考えると,とてもやりがいを感じます。
仕事の大変なところはどんなところですか。
検出器を作るために,よりきれいな部品を考えなければいけないところです。
例えば,部品の1つである銅は,今までにないくらいの純度の高い,不純物の少ないものでないといけません。
そのため,実際に銅の不純物を取り除いている会社に出向き,精錬過程から見直しを行います。
また,宇宙線★で銅の中に不純物が作られてしまうため,地上には置いておけず,地下で保管します。
そして,部品が必要になるたびに地下から取り出してこないといけないので,コンピュータで計算して不純物量の影響を計算するだけでなく,それらの実際の管理もしないといけないので大変です。
★宇宙空間を高いエネルギーで飛び交っているとても小さな粒子。地表にも降り注いでいる。
仕事のなかで数学はどのように役立っていますか。
宇宙物理学には数学が深く関わっています。
たとえば,暗黒物質の存在を証明するときに,平方根や比例が関係する下の数式を使います。
この数式から予測される質量が,これまでに観測された質量よりもはるかに大きいことから,通常の方法では観測できない物質,すなわち暗黒物質が存在することを示すことができます。
また,研究ではさまざまな実験を行ってデータを計測しますが,計測のときには必ず真の値に対して誤差が出ます。
私の研究ではこの誤差が重要です。
誤差の大きさを精密に調べていくことで,誤差の中に隠れている暗黒物質の存在をつきとめていくことができるのです。
うずまき状の銀河では,回転する速さv,中心からの距離r,回転の内側にある質量Mとの間に上の関係が成り立つ。∝は比例を表す記号。
私たちは普段の生活のなかで,「誤差」を意識する機会が少ないので,竹田さんの研究で誤差が重要というのは,少し意外でした。
ほかには,どんな場面で数学を使っていますか。
暗黒物質探索の測定結果を,物理の視点で解釈するには,コンピュータで関数を使ったシミュレーションが必要になります。
ですので,たくさんの関数を使っていますね。
また,シミュレーション内の動きは,暗黒物質がある分布に従って無作為に動くよう計算するため,動き方の予測は乱数★を用いて行っています。
★数字をできるだけ不規則に出現させたもの。
中学生のころ,数学は好きでしたか。
数学は暗記が少なく,根本になる最低限のものを理解しておけば解けるので,好きでしたね。
数学が得意な人は,高尚でかっこいいイメージがありました。
逆に英語は今も苦手です。
論文の記述や会議での発表は英語が主なので,困ることがありますね。
全国の中学生にメッセージをお願いします。
数学は,基本的なことが積み重なって,最終的にものすごいことができるようになるところが面白いと思います。
もし途中でわからなくなってしまったときには,基本に戻ってみてほしいと思います。
数学の学習を通して身につけた「考え方」は,将来必ずみなさんの役に立つでしょう。
暗黒物質の検出器は地下1000mに設置されている。
水タンクの上にある,暗黒物質を検出する配線を確認する竹田さん。
東京から新幹線とバスを乗り継いで,岐阜県飛騨市にある神岡宇宙素粒子研究施設に行ってきました。
竹田さんのお話のなかに出てくる暗黒物質を検出する装置は,神岡鉱山の地下にあります。
鉱山のトンネルのなかは,まるでアリの巣のように通路が入り組んでいて,さまざまな装置が設置された研究室が並んでいました。
暗黒物質の検出器は,写真から想像していたよりも大きくて迫力があり,「この場所で宇宙のなぞが解明されているんだなあ……」と,とても感動しました。
検出器は,鉱山の地下にあるので,もしも火災などが起こると大変なことになります。
そのため,何重にも火災を防ぐしくみが備わっているというお話が印象的でした。
まだ正体のわかっていない「暗黒物質」ですが,中学生のみなさんが大人になるころには,もっとくわしいことが解明されているかもしれません。
これからの研究が楽しみですね。
専用の服に着替えて,研究施設のなかを案内していただきました。